だいじょうぶ日記

思いつくままつぶやく独り言ブログ。私はだいじょうぶ!

世の中の正義感に付き合う必要はない。

昨夜、真穂さんの正義感の話を聴いて、満月の手放しをやった後に…


私は正義感がだいっきらい!過ぎるなぁ。

なんでかなぁー。とムクムクしてきたので、紙に書いた。



分かったのは、母親。

正義感と戦争を聴いて、

エノラゲイ=アメリカ様の正義

→嫌悪感


だったのは、

正義感=暴力

で、

親の正義感=虐待


と結びつくから。


私は、エノラゲイのあの場所で、敗戦国のちっぽけな日本人=親に暴力を振るわれた子供時代


ここが、刺激されたんだな、と思う。


正義感が良い悪い、ではなくて。

多面的じゃないというか、頭悪いなって思う。一方側からしかみてなくて、それが全面的に正しくて。

やられた方側からの側面、傍観者、他の関わり合いがある人、同盟国とか、他の家族とか、その視点がないから。


視野が狭く、頭が悪そうで、暴力的で、キライなんだな。


どうしてこうなったのか?ていうと、

私は負け側の人間だから。虐待された人間だから。絶対的に好きになれない。

そして、それでいいとおもっている。

許す必要は、全くないとおもっている。


正義感に立って暴力を振るう人間に、拒否反応がある。従う理由はもうないので、避けるか、やり返すことになる。


そのやり返すのが、また正義感だったりしてね笑。

自分を守れないから、都合の良い解釈の正義感を持ち出して、攻撃する。

武器として、使う。


アホだな。頭悪い。かっこ悪い。


弱いから使うんだよね。攻撃になっちゃう。

弱いって認められないから。避けられない。


これは私も同族というか、同じことやりがちだと思う。

特に今、自分が母親で、権力がある状態でできてしまうんだ。

最もらしく、正義感を振りかざすことができる。うへぇ…。


子育てしてると、この正義感が溢れすぎて吐き気がする。

子供の社会しかり、母親像しかり。

それに従わない教育、子育ては悪、母親は悪!みたいな。窮屈すぎー。

鼻息荒く正義感を訴えて押し付けてくる人たちが不美人すぎて、ドン引きする。


最近、自分の好き嫌いがはっきりして、それがこういう、社会的な価値観や、人間関係にまで波及していて

社会生活が送れなくなるかも…と感じていたけれど。

送れなくていいかな(´∀`=)!と、ハッキリ思った笑。


こっち、私を大事にしよう。

妥協して、世の中の正義感に付き合う必要はないだろう。

↑たぶん、ここが、今回の音声配信を聴いて自分の中に届いた大事なとこ。



正義感って厄介。

全てを都合よく正しくできる。自分が高揚感を得られるもの。


多面的にみると、「正しい」ことなんて、そうそうないんじゃないかな。


だから、自分が固執したり、鼻息荒くなったりすること、って。。離れた所からみたら、毒だったり、頭悪いだけだったり、不美人だったりするのかもね。

それに従うのはオカシナ話。


自分を押さえつけるのも、最もらしい

正義感

だったりしてね。


バカらしいから辞めた方がいいね。

世の中の正義感に、

私が付き合う必要は、全くもって、ないったらなーいっ(*´∀`)♪!