だいじょうぶ日記

思いつくままつぶやく独り言ブログ。私はだいじょうぶ!

虐待を受けたことは、別に恥ずかしいことじゃない。

このブログを公開しないで、一人つぶやいている大きな理由は、

他人に虐待を受けていたことを知られたくないから。

すごく恥だと思っている。

 

世の中としては、育ちの良いお嬢様、幸せな両親に育てられた親、がお姫様。

価値が高い。受けが良い。

 

虐待を受けていた女なんて、また子供に虐待するんじゃないか、ろくなもんじゃない、って思われるんじゃないかな、と思う。

 

一番怖いのが、「虐待の連鎖」だった。

私は私を虐待していた親と顔がそっくりだ。

「血のつながりがない親だったら良かったのに」と小さなころから思っていたけれど。

あの血が私に流れているのは確かで、同じようになるのではないか、ととても恐れていた。

 

結婚なんかできない、子供を授かるなんて滅相もない、と思っていた。

ところが、なんだかんだで年を取ってから結婚し、子供まで授かってしまった。ひたすら恐怖で、虐待関連の本を読み、妊娠した時は、夫に「虐待しそうだったら止めて!」と泣いてお願いしたこともあった。

 

あほだったんじゃなか、と思う。

 

別に、どうってことない。

 

一人っ子だったら、みんなわがままか?

A型だったら、みんな几帳面なのか?

と同じ話しだ。

 

環境は選べなかった。私のせいじゃない。

逃げたことはあるけれど、子供だったから見知らぬ大人につかまって戻されてしまった。逃げられない、どうしようもできなかったんだ。

 

私が虐待する?連鎖する?

そんなこと、ないんだ。虐待連鎖という言葉にとらわれていたのは、私だ。

そうしなくちゃいけない、そうなるんだ、って思っていたんだ。

自分を信じていなかったんだ。知ったようにいう、知らない人たちが書いた本を読んで思い込んでいただけ。

 

私はしないよ。

子どもに何かでムカついたら、「虐待されていたからだ」と自分が思ったり、人に思われたりするのがいやだったんだけれど。。

そうじゃない。

 

育児をしていたら、誰だってイラつくことはある、とわかった。

私が虐待されたから、が理由ではないんだ。

 

それにどう?

私は、私の夫に虐待されていたことを言って、とめてもらうように伝えているよね。

夫は、ちゃ~んとわかってくれている。万が一、なんてないけれど、あっても壁になってくれる。守ってくれる人がいるんだ。

 

虐待を受けたことは恥ずかしいことじゃない。

むしろ、それを生き延びてきて、今幸せな家庭を築いていることに胸を張ろう。

私は立派。自分を自分で誇りに思う。

 

そろそろ、このブログを公開できるかもしれない。

虐待されたこと、別に過去だし。それが人に知られて、だからどうだっていんだ?という気分になれている。