だいじょうぶ日記

思いつくままつぶやく独り言ブログ。私はだいじょうぶ!

鎧を捨てよう。今まで守ってくれてありがとう。

最近しんどい。いろんなこと思い出すから。

ここで、親がムカつくとか、怒りとか、感じるけれど、そっちに飲み込まれないようにしている。

 

ここで私がいろんなことを思い出すのは、

「私ががんばって、耐えて、なんとかして生きてきた」→「がんばった、偉い」ということを知るため。

そして、それらを耐えるための鎧はもう必要ないんだよ、ということを知るためだ。

 

親のことを理解しよう、とか、可愛そう、和解しよう、などとは思えるはずもなく、思う必要もない。

怒る必要も、もうない。過去は変えられない。

そこにとらわれる必要はないんだ。

 

ひどい環境だったけれど、それでも生き抜いてきた。そのために、鎧と武器をいっぱい身に着けてきたんだ。

 

それを知るために、ぶわ~!!!と思い出しているのだと思う。

思い出しても耐えられる状態になったんだ、きっと。

 

しんどいけれど、そっちに流されない。

「過去にそんなこともあったな~」くらいにできたら良いな、と思う。

 

そして、親に遠慮をするのをやめた。

 

年賀状だけは送っていた。こども(孫)の写真付きで。そして返信が年賀状でなく、長々とはがきに手紙を書いてよこしてきたのだけれど。

それもイライラした。依存体質で憑依されそうだった。呪われる、殺される、と思った。

昨日破り捨てた。もう遠慮する必要ないんだ。まだ、気を遣っている部分があったんだ。

 

DV男に、「感謝しろ」と言われて感謝し続けるなんてバカ。

私も、そんなバカやってたんだ。「育ててやったんだ」みたいなのにとらわれてた。いらない。

 

鏡をみたら、私は顔が似ていて、自分の子供の顔は私の小さなころにそっくりで、DNAをいやでも感じさせられる。

遺伝子が同じでも、私は私で、子供は子供で、親は親で、違う人間なんだ。

 

もうあのころの私ではない。鎧を捨ててよい環境に来られた。

 

家出して、逃げても、おせっかいな大人につかまって帰されることはない。

自分の足で、自分で逃げて、好きなところに行けるんだ。もう大人なんだ。

 

私があの遺伝子を受けているからって、私が私にそっくりな子供を殴る?そんなことはないんだ。

 

もう、ここはあそこじゃない。まだ親は生きているけれど、その家は出たんだ。大丈夫。子供は可愛い。私だって、大丈夫。

 

鎧を捨てよう。武器を捨てよう。今まで、守ってくれてありがとう。

私は安全なところにきて、愛してくれる夫と子供がいる。優しい人に囲まれている。

もう大丈夫。

よくがんばってきたね。もう大丈夫だよ。戦いはとっくに終わっているんだから。