だいじょうぶ日記

思いつくままつぶやく独り言ブログ。私はだいじょうぶ!

「私の幸せ」は私が感じて、私が決めること。

やっとこさ、これが頭から心に降りてきた。

「頭でわかってても、心が納得しない」状態だったんだけど。

 

ムリヤリ頭から心を押さえつけて、

「こうだから、こう思え!!こう感じろ!!」

っていうのは違うのよね。

 

「自分への押しつけ」であって、そんなんで感情は動かない。

 

頭でわかってたことがタイトル。

「私の幸せ」は、私が決めるの。

「私が幸せ」なら、それでよいの。

「私の幸せ」は、人と比べて感じるものではないの。

 

「あの人より幸せ」「あの人より持ってる」「あの人よりマシ」・・・

っていうのは、違うのよ。

 

自分への押しつけにほかならない。

全くもって、自分を大切にしていない。

 

頭でわかってる、そう思いたい、、、でも心から納得できない。。。

 

ということでも。。

 

時がきたら「心から納得できる、感じることができる」んだ。

今、その時が来ている。

 

「私が幸せだな~」と感じるから「私は幸せ」なのです。

 

咲き始めた桜をみて「きれいだな~♡」と思うのが、自由であるのと同じで。

人と比べてどうこう、他の花と比べてどうこう、ではないのです。

 

目の前のものがキレイだと、感動して、「幸せ~♡」な気持ちになる。

私の自由で、私が感じることで、私が「幸せ」な状態であると、私が決めること。

 

それが、自然とそうなってきているな~と気が付いた。

完全ではないけれど、

そんな感じになってきて、私は嬉しい。

 

それで、「他人の幸せ」「身近な人の幸せ」「身近な人の美しさ」を、

純粋に喜べるようになってきた。

嫉妬したり、マウンティングしたり、比べたり、がなくなってきた。

 

今朝思ったのは、ケーキで。(笑)。

ケーキ=他の人の幸せ、持っているもの、豊かさ、美人さ、など。

 

私が今食べるケーキも、おいしくてかわいくて、幸せを感じる。

他の人が持っているケーキも、おいしそうで、かわいくて、幸せを感じる。

「それもおいしそうだね!!」「その幸せも良いね!!」みたいな。

 

これは自分が持っている幸せ(今回はジョトオのケーキとしよう)が、

「絶対的に幸せ」だと、私が自信を持って確信しているから言えること。感じること。

「ジョトオのケーキ最高でしょ!!」とな。

これが、自己肯定感かはわからないけど、たぶん的外れではないとは思う。

 

それで、他の人が持っている幸せ(今回はピエールマルコリーニのチョコレートとしよう。ケーキじゃないし! ´∀` )も、

「それも良いね!!!」と賞賛できる。

 

ジョトオのケーキも、ルタオのルーブルフロマージュも、レオニダスのプラリネも、私は大好きで。私を幸せにさせてくれる。

そこにあって、見ているだけで幸せ。存在が幸せ。

ウイターズのプラリネだって、もちろん幸せ♡

 

でも、他の人が「京都産の万願とうがらし」を持っていて

「私はこれが幸せ!!」とニコニコしているなら、それも「幸せなんだなぁ~。」と思う。

 

その人に「私は甘いのが嫌いだから、ジョトオのケーキは好みじゃない」とハッキリ言われても、

「私の幸せ」はビクともしない。

 

私の幸せが否定された!」には、絶対にならない!

私にとって、ジョトオのケーキは絶対的においしいから(笑)!!

 

幸せは、人にとって、違ってて良いのだ。

本当に「好き好き」だし、「持っているものが違う」だけ。

 

「その人が幸せ」「私が幸せ」「あなたが幸せ」

それで「世界が幸せ」なの。

それでよい。

そこに私は「無限の愛」を感じる。

 

「幸せ」は有限ではなくて、奪い合いするものでもない。

人が持っている「豊かさ」も同じ。

全て愛だから。みんな、それで満たされることができる。

 

「私の幸せ」を大事にしていったら、自然とそうなってきた。

今、こう感じることができて、私はとても嬉しい。

そしてやっぱり「幸せ」と感じる。

 

不幸な幼少時代、虐待された過去が、どんどんチッポケになっている。

今まで、私は

『結構、不幸な環境で生きてきた』

と思っていた。


周りより恵まれてなかったと思っていた。

(虐待、親に頼れない育児、貧乏だったこと…実際はそうでなくて節約すぎてお金をつかわせてもらえなかった、など)


そして、

『そんな環境で頑張ってきた私、エライ!スゴイ!』

と思っていた。


事実、まぁそうだとは思うけれど…。

ここまでは良しとしても。


『だから、周りより偉い』

『人に頼ってる人より、恵まれて何もかも持っている人より、私は1人で頑張ってエライ』


…これが問題で。


でも、過去の自分をかばうとするなら、

これは仕方なかったと思う。


意地を張って、涙かくして、唇噛み締めて、踏ん張らないと、こわれてた。


ワンワン泣いて人に頼る方法もあったけれど、

それを『ズルイ、悪』としてみてた。

本当は羨ましかったんだけどね。


そんな気持ちすら、恥ずかしくて。…というより、怒りがわいて受けいられなかった。

良しとしなかった。


それでですね。


まぁ、頑張ってきたのは事実なのだけれど。


最近『はずかしいなー』と思い始めた。


私が、私の育ちを『不幸だ』と自分が思うことに。


私より大変な思いをして生きている人、いっぱいいるのにね。

何言ってんのー?みたいな感じ。


不幸だった、虐待された、ギャーギャー(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

って、バカかと。


あんた(私)、五体満足じゃないか。

学校に通えたじゃないか。

字が読めるじゃないか。

割となんでもこなせてたじゃないか。


なーに言ってんだ??


って感じなのねー。

(追記。被虐待児のアナタがそう思う必要はありません。虐待した加害者=毒親が同じセリフを言うなら、ぶっ飛ばします)


これはもう、完全に『虐待が過去になった』んだな、と。

外れたな、と感じる。


私の過去の環境が、大したことないや!と思えるようになった。


つい前まで『どうでもよくなった』だったけれど

『大したこと』ではあったのね。

ただ、『過去にこだわるのはやめた』感じで。


今は、『過去のこと自体、大したことない』。

つらかったけれど、『不幸自慢』になるほどではない。


って感じかな?


『ま、みんな色々あるよね』の、

『色々の範囲に収まる不幸、苦労』かな。

多少、キツイ過去ではあったと思うけれど。


そんなに飛び抜けて…という感じでもない。


だから、どうってことない。

うーん、ここまでは言いきれないけれどね。

それほど大きなことではなくなってきた。


身体の傷がなくなったら忘れるんだけど、ここは仕方ないねー。


でも、目立たなくはなってきたかな。と思う。

目立たなくさせる方法も、今は良いものがあるし。


気になる歯は、歯医者さんの先生に相談して、磨いて少し目立たなくしてくれた。

育児がひと段落したら、お金かけてキレイにする方法があるようだから、楽しみ。


医療、審美の進歩は目覚ましいから、数年後にはもっと、安くてキレイになる方法が出てくるかもしれないそうで。未来は明るい。


過去は過去で。

いつまでも、気にしなくても良いのだ。


離れてみると、どんどん小さくなって、自分の視野が広まると、またどんどん小さくなって、

大きく思っていたモノも、急にチッポケに、そして小さな物に思えるんだ。


むりやり、そう思おうとした訳ではなく。

周りをみる余裕ができて、

今あるものに感謝して、

幸せを感じるようになって…


そこに、『気がついた』んだなぁ…と思う。


※追記。念のため。

全て私の独り言で、私が『自然に』思っていることです。アナタを含む誰かに強制する意図は、全くありません。

私は私の幸せが最優先。好きなようにさせてもらいます宣言。

私には、家族がいる。

夫と子供たち。


小さな小さな、ひとつの小宇宙。


その小宇宙が、平和で、健康で、幸せであってほしいと願っている。


小さくして、核は、私という名の小宇宙。

ひとつの惑星。


この私が

『平和で、健康で、幸せ』

であることが大切。重要。


私が幸せが、必要。

私の家族という小宇宙が幸せであるために。


だから、私は私を幸せにする。

周りの理解が得られなくても。


時には、周りに納得してもらうために、

論理的に説明をして、仮面をかぶるときもある。

『平等に』『お行儀よく』していることが求められるときもある。


…これ、必要なのかな。


私がここにいる、存在意義はあるのかな?


私は、これらをしていて、喜んでいるのかな?

健康的ですか??


…。


たまに、わからなくなる。


それでも、惹かれるものがあって。

なんとなく、疑問を持ち続けて、正解がわからないまま、身をまかせるときもある。


それでも、それも全部全部よいのだと思う。


得意でないことをしても、

疑問をもっていても、


惹かれるものがあるなら。


やってみたら良いのだと思う。


たくさんたくさん、失敗してみたら良いと思う。


やってみて、

『ちがうな、つらいな』と感じたら、

やめてみたら良いだけ。


ひとつの選択肢が減る。


消去法で、何か道が残るかもしれない。


新しい道が、見えるかもしれない。


なんでもかんでもやってみたら良い。


私は、自分を豊かで幸せにする。


そして、私の家族も幸せになったら嬉しい、と思う。


失敗を楽しめたら、きっと最高。

失敗も、自分の実績になることを、心底わかったら、きっと最高。


毎日、豊かで、健康で、笑顔で、美しいものみて、美味しい食事をたべて、

幸せを感じることができたら最高。


それを、自分の大好きな人たちと一緒にできたら、最高。


私は…やっぱり、世間的な役割を求められることが、とても苦痛だ。


『それが仕事だ』

『それが母親だ』

『それが大人だ』


と言われても、

世間的な常識で

それが正しい


とわかっていても。


とても苦痛だ。


だから、悪いけれど。

やっぱり、好きなようにやらせてもらう。


私は、私が大切だから。


だいじょうぶ。

きっと、うまくいく。

他人にイライラするのは「過去の私」を許せないから。

バカヤロウだ!! 私はバカヤロウだ!!!

バカヤロウだった!!!

 

どうしてこんなに簡単なことに気が付かなかったのか?

気が付かず、イライラしていたのか?

バカも~ん!!!!

 

周りで突っかかってくる人がいたり、ムカつく人が出来たり。

 

理由は

「その人が本心を隠していて、私はそれが見えていて、

その人から発せられる言葉が、茶番過ぎてめんどうくさくて、ムカつく」だった。

 

マウンティングは終わったはずだったんだけれど。。

 

理由がわかっちまったよう!!!

 

これ、

「過去の自分」が目の前にいるから、こいつ(過去の自分)にムカついていたんだぁ~。。

 

よくいう鏡とかなんとかは、「時間軸」が混在するのね。

 

「未来の自分」(目標、憧れ)

「今の自分」

「過去の自分」(行動が同じ)

 

。。。。私は、「過去の自分」を許せていなかった

受け入れていなかったから、こんなにムッキー( `ー´)ノ と来ていたんだな。

 

「過去の自分」を許す、受け入れること、

は、ちょっと今の私にはハードルが高いのだけれどね。

 

「過去の自分」に「チャンスをあげたい」とは本気で思っている。

 

チャンスをもらえたから、私は運が良かったから、今こういう考えが出来て、心地よい生活をして、自分に重たい鎧を着せずに生きている。

 

過去の自分。。。

自分を卑下して、プライドが高くて、周りを見下して、勝手に負けた気分になって、虚栄心満載で、オシャレもせず、節約を美徳とし、我慢ばかりして、大切な人たちにも我慢を強いて、それが正しい!と、鼻息荒く、周りを憎み、自分を憎んでいた自分。。。

 

いや~。やだね。やだね。。嫌なヤツだ。。。

でもね。。ちょっとかわいそうだ。かわいそうだと思う。

 

「かわいそう」なんていうとマウンティングになってしまうのかもしれないけれど。

「本心じゃないのに、本当は違う生き方をしたいのに。」ということが痛々しいの。

 

恐くてできない。ぶるぶる震えている。そうしないと生きていけない。いろんなことがあって、鎧を背負って背負って、武器もどんどん大きくなって。がんじがらめになっている。

 

自分が身に着けた鎧。努力をして強くなって、、、でも、大きくなりすぎて、それに潰されそうになって。

 

中の「本当の人(私)」は、鎧の中で泣いている。悲鳴をあげている。。。

 

私の「目の前にいる人(他人)」がそうなのかはわからない。

 

でも、「過去の私」はそうだった。

 

そこに「うそつき!」「言いたいことがあるなら言えばよいのに!!」

と思っていた私は

「過去の私」にチャンスをあげていなかった。

 

「目の前にいる人(他人)」に、こんなことを私が思っていると知られたら、きっと憤慨するだろう。怒り狂うと思う。

 

私が勝手に思っていること、決めつけだろうから、言わない。

 

私がそう感じただけ。

目の前の人の中に、過去の私の存在を感じて、そう思っただけ

 

おかげで、私はイライラしていたけれど。

過去の自分にチャンスをあげることができた。

苦しみを知ることができた。

 

目の前の他人に、ありがとう。

過去の私も喜んでいる。ありがとう。

方法論とか理論とか、限定しなくてよし。

私は、日本銀行券がたくさん欲しい。

たくさん使って、生活が豊かになる、幸せになることを実感したから。

たくさん欲しい。


でも、あくせく休みなく働いて手に入れるのは、ちょっと違う。

だって、生活が豊かではなくなってしまうから。


それで、お金を手に入れる方法を考えると、

プラン1、プラン2、の2つの方法が目の前にぶら下がった。


2つが真逆のアプローチ。使うツールもちょっと違う。


プラン1が感覚的なもの、好きなようにやる感じ。

プラン2が戦略的なもの、計画を練って実行に移す感じ。


これで、どちらの方法をとるべきか、迷っていた。


プラン1の方が、私はやりやすい。実行しやすいし続きやすいだろう。

ただし、リスクもある。


プラン2の方が、私は理解できる。戦略的にも好き、納得できる。

しかし、努力や計画が必要になって、論理的にできるのかな?あわないかな?とも思っている。

でも、こちらの方が惹かれる。


しばらく悩んで…

さっき、結論が出た。


両方やっちゃえばいいじゃない(*゚∀゚*)!!!


ばーかばーか、

世界と愛とお金は無限だって!!

わかった!とか言ってたじゃないかー!!


だったら、好きなように、全部全部やっちゃえばいいじゃないかーー!!笑


ということで、

同時並行で、好きなようにやる。


イヤになって続かないようだったら、それはやめたらいいだけの話だよねー。


既に限定的な生き方は、やめたのよ!!

だから、方法論とかもね、気にしないで。

やりたいようにやる!!

やっちゃえーー!!



…日産でも、矢沢永吉でもないよ(*゚∀゚*)

敗北宣言。勝ち負けの世界から抜け出すことにした。

私は勝ち負けの世界の住人。

ここをなかなか抜けられないでいるのは、

私が負けを認めたくないから。


この世界を抜ける、ということは、

レース?に負けた、負けを認める、と感じるから。


勝ち続けていたなら、勝ち負けの世界から抜けよう、とは思わない。でしょ?

だから、負け。

なにか反論があるなら、それは言い訳。

負け惜しみ。かっこわるい。


…さて、どうします?

レース続ける??


負け認めます??


で、負けを認めまーす!!


…って、なかなかできないでいる。

負けを認めたくないから。


一応、小さな頃から、基本的には負けてないはず…と思っていた。

成績、学校、仕事、とかなんとか。


これが、邪魔なプライドを作ってしまってたね…。あー。やっちまってる!!


で、ですね。


気がついちゃったよ。


私は、生まれた時から負けていた!!!



そうなの、負けてるのよー。

家庭環境悪いし、実親から殴られっぱなしだし、歯の治療はさせてもらえないし、汚い服を着せられて、お風呂にも入れさせてもらえなくて、歯を磨く時間もくれなくて、腐ったご飯を食べさせられて、アザだらけ、血だらけ、顔は殴られてパンパンに腫れていた日だってあった。


もう、負けてる!!!


ここから這い上がって来たじゃない?

て、思いたかったんだろうな。


たまたま、運が良かっただけなのに。

それで、生きてる。


もうやだなー。


そう、生まれた時から負けていたんだ。

これを認められなかったのね。

私、負けてた!!!


むかーし、パリスヒルトンがイケイケだった頃、

パリスヒルトンになる方法?とかの本だったかインタビューだったかで。


質問。

「どうやったらパリスヒルトンになれますか?」

(メイク、ファッション、ライフスタイル?の意図)


パリスの回答。

「ヒルトン家に生まれること。」


で、衝撃を受けたことを思い出した!!


そう、そんな感じ。

生まれた時から勝っている。


私は、憧れてもなれない世界、身分。

パリスが勝ち組、私は負け組。


勝ち負けの世界に終わりはないことは知っている。


私は、もう生まれた時から負けているんだから。

開き直るか、諦めるかして、この世界から降りよう。出よう。


残念ながら

私はここでは勝てませんでした。

勝ちたかったんだろうけど、そもそも勝てるものではありませんでした。


もう、諦めようね。

ここから出て、色んなことにチャレンジしよう。


大丈夫、私には少しの勇気と、思い切りの良さはあるはず。

私の取り柄は行動力だから。大丈夫、大丈夫。


敗北宣言して、レースを抜けたところで、悪いようにはならない。

もうね、私は疲れたんだよ。疲れているんだと感じるから。もうここから出よう…。


そのためには「負けを認める」ことが必要で。「棄権します、敗北です」と自分が自分に宣言する必要があって。

それがツライ。


なんだか、悲しい…。


まだまだ、他人の目を気にしている自分がいる。

私は人の目を気にしすぎてる!!!


おかしいのはやっぱりダダ漏れだし。

もういいや、って思ってるのになー。


やっぱりコワイんだねー。


なんていうか、自分を出す、さらけだすって

 

なんでこんなにコワイんだろう。


躊躇させているものは何だろう??


もう、誰も責めないじゃない?


やっぱりマウンティングかな!

マウンティングの世界に生きてるのかな!!


この、勝ち負けの世界をぬけないと、こりゃお話しになりませんなー。

これ、根深いなーーーーーー。


まぁね、焦らずやっていきましょ!